スルタンアフメット・ジャーミーの歴史

スルタンアフメト・ジャーミィの歴史

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スルタンアフメト・ジャーミィの歴史はオスマン帝国が衰退の岐路にさしかかった17世紀に時のスルタンであったアフメト1世によって建設が命じられた。世界で最も美しい評価の高いこのモスクを訪れる前にここで歴史をおさらいしておこう。

■ 早わかり!ブルーモスク

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スルタンアフメト・ジャーミィの名前

その名の通りアフメト1世によって造られた事による。また、このモスクは別名 ブルーモスクと呼ばれその名を親しまれている。ブルーモスクと呼ばれる所以はその内装にある。内部の壁、柱にはイズニック地方の特産であるイズニックタイルという青いタイルが利用されており、入った瞬間に差し込む太陽光に照らされた鮮やかな青が目に入る。

スルタンアフメト・ジャーミィの建築家

メフメト・アー

メフメト・アーはオスマン帝国最高の建築家ミマール・シナンの弟子である。

スルタンアフメト・ジャーミィの歴史

1609年に着工して1616年に完成している。スルタン・アフメト1世は、アヤソフィアにも負けない美しいモスクをアヤソフィアの向かいに建てる事を要求した。もともとその場所には宰相達の宿舎があったというのを、無理矢理取り壊して作成させたという。その場所はヒッポドロームのすぐ横にある。

まだ若いスルタンだったが、アフメト1世はモスクの完成後1年程で亡くなり、その妻キョセムによって皇后による帝国の支配が最高潮に達する。キョセムは息子である新スルタンを操りハレムのみならず、議会にいたるまでを掌握した。

ハレムの女キョセム等の戦いを描いた名盤!



「ハーレムの女たち」

ブルーモスクの横にある霊廟にスルタン・アフメト1世と最高権力を駆使したキョセムが今も眠る。

ブルーモスクとして有名なスルタンアフメト・ジャーミィのもう一つの特徴がその6本のミナレットだ。通常モスクのミナレットは2本から多くて4本。6本のミナレットが許されるのは格式の高いモスクだけという事になっている。

現在イスラム教最高の聖地メッカの聖モスクには7本のモスクが存在するが、それは元々6本だったという。スルタン・アフメト1世がブルーモスクを6本ミナレットの建造物として建てたものの、恐れ多くなり1本メッカに献上したと言われている。

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