オスマン艦隊の山越え

オスマン艦隊の山越え

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オスマン帝国のメフメト2世は東ローマ軍による金角湾封鎖で海側からの突入を諦めたわけではなかった。後にファーティフ(征服王)と呼ばれるスルタン・メフメト2世は誰も思いつかない奇策を実行に移す事になる。

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コンスタンティヌス11世による金角湾封鎖作戦に頭を痛めたメフメト2世はその後以外な作戦を思いつく。

コンスタンティノープル見取り図
コンスタンティノープル見取り図

メフメト2世は夜の内にボスフィラス海峡に船を集めてガラタ地区城壁よりさらに外側のエリアから船を陸に乗り上げた。陸上の船を何隻も牛に引かせ、一気に金角湾に突入する作戦だ。

コンスタンティノープル防衛戦ジオラマ
コンスタンティノープル防衛戦ジオラマ

東ローマ帝国の兵士達は油断していた。夜が明けると何隻ものオスマン帝国の船が金角湾内に停泊していたのだ。

オスマン艦隊の山越え
オスマン艦隊の山越え

山越えには何本も敷き詰めた丸太が使われた。油を敷き詰めた丸太の上を滑らせる様に船を運んだのだ。

ガラタ地区の疑惑

ガラタ城壁の外側を悠々と何隻もの船を引いて進む姿はさぞ異様だったろう。まして、ガラタ地区にはガラタ塔があり周囲を一望できたはずだ。監視が船を引くオスマン軍に気がついてもおかしくないだろう。しかし当時のガラタ地区居住者であったジェノヴァ人の立場を考えればオスマン帝国と内通していたとしてもおかしくは無い事である。しかし、真相はなぞのまま。

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