エミール・スルタン・ジャーミィ

エミール・スルタン・ジャーミィ

↓「いいね」ご協力お願い致します!
LINEで送る
Pocket

エミール・スルタン・ジャーミィはブルサのヘイケル(Heykel)を少し東に外れた場所にあるテュルベ(霊廟)と併設されたモスクだ。スルタン・バヤズィト1世の娘と結婚したエミール・スルタンは当時大きな権力を持っていた。

 エミール・スルタン・ジャーミィ

エミール・スルタン・ジャーミィ
エミール・スルタン・ジャーミィ

当初エミール・スルタン・ジャーミィは14世紀に建てられたが、19世紀に2度再建されている。

14世紀:最初の建築
1766年:地震により倒壊
1804年:再建
1855年:地震により倒壊
1868年:再建

建築場所や装飾は14世紀当時の物を利用している物の、建築自体は19世紀オスマン帝国で流行したバロック様式に変えられている。

エミール・スルタン・ジャーミィ
エミール・スルタン・ジャーミィ

モスクは大広間一つの天井の高い建物で2本のミナレットが建物の北側コーナーにある。

エミール・スルタンの霊廟

エミール・スルタンの霊廟
エミール・スルタンの霊廟

モスクに向かい合う様に建てられているのが霊廟(テュルベ)だ。ドーム状の部屋が中央にあり、サイドにエミール・スルタンと家族の霊廟がある。

エミール・スルタンの霊廟
エミール・スルタンの霊廟

モスク複合施設は丘の上にありブルサの町を一望する事ができる。

エミール・スルタン・ジャーミィ
エミール・スルタン・ジャーミィ

エミール・スルタン

エミール・スルタンは1368年に現ウズベキスタンのブハラ(Bukhara)で生まれ、名をムハンマド・シェムセディン(Muhammed şemseddin)といった。1429年にブルサにて永眠。

彼の父セイード・アリ・エフェンディ(Seyyid Ali Efendi)はまた、「エミール・クラル(Emir Külal)」という異名を持っていた。ムハンマド・シェムセディンが17〜18歳の頃にセイードは他界している。

ムハンマド・シェムセディンは予言者ムハンマドの血を引いていたため、首長という意味のエミールを付けエミール・シェムセディンと呼ばれた。また彼はオスマン帝国4代目スルタン・バヤズィト1世の娘フンディ・ファトマ(Hundi Fatma)と結婚したためイスラム神秘主義によりエミール・スルタンと呼ばれる様になった。

「いいね」ご協力お願い致します!

LINEで送る
Pocket